ライターが書いた記事の著作権の行方
「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」とは、「著作物」を定義する著作権法第2条第1号の条文です。ライターの執筆した記事も著作物です。下記の文章AとBは、著作物の観点からいえば性質が異なります。どう異なるか説明できるでしょうか?
【A】
令和元年5月16日午後2時過ぎ、大阪市北区梅田の交差点で高校教諭(43歳男性)が、20代女性の連れていたトイプードルに噛みつきました。高校教諭は、助けを呼ぶ女性の声に気づいた男性歩行者らにより取り押さえられました。
【B】
平日にも関わらず、百貨店やファストファッションブランドのロゴが入った買い物袋を持って行きかう外国人観光客たちで賑わう大阪梅田。インバウンド景気に沸く繁華街で、人が小型犬に噛みつく、本来の立場とは逆の出来事が発生しました。犬に噛みついたのは、43歳の男性高校教諭。飼い主である20代女性の助けを呼ぶ声に気づいた、男性歩行者らによって取り押さえられました。まさに令和初、大阪での珍事です。
Aは事実だけを述べていて、この文章には「著者が思想又は感情を創作的に表現したもの」という著作物の定義が含まれせん。なのでAは著作物とはいえません。しかしBには著者の思想や感情から来る独創性(創作性)が含まれるので、著作物といえます。
あさがお法律事務所の岡田晃朝弁護士によると、Aでも言葉の選択や順序、構成などに一定の要素が無いとも言い切れず、しかしこれくらい短ければ、著作物でない可能性も高いとのこと。著作物でない文章の典型例としてよく挙げられるのは、「首相の一日 9時 朝食 10時 委員会 12時 昼食と支援者と懇談」といった新聞に掲載されている日程表の文言だそうです。
いくら客観的な内容が求められる記事であったとしても、ライターの書く記事には筆者(著者)の思想や感情から来る、物の捉え方、話の展開、言葉のチョイスが少なからず反映されるので、ほとんどが著作物と考えていいと思います。
ライターが書いた記事の著作権は誰のもの?
著作権は「著作者が自己の著作物を独占的に支配して利益を受ける権利。著作物の複製・発刊・翻訳・興業・上映・放送などを含む」(明鏡国語辞典より)。
岡田弁護士によると、著作権法の条文では「発刊」は「頒布」とされ、興業に関しては記載がないとのことです。
著作権法により、著作物を創作した時点で、著作者に自動的に上記の権利が発生します。ライターにとって一番の関心事は、執筆の報酬の中に著作権の譲渡も含まれるかどうかだと思います。
本を自分の名前で出版、または著者のゴーストライターとして執筆する場合、出版社と印税契約をします。印税とは「発行者が著作権の使用料として著作権者に支払う金。価格・発行部数などに応じた歩合で決める」(明鏡国語辞典より)といったものです。発行者とは出版社、著作権者とは著者およびゴーストライターを指します。
本では分かりやすいですが、各メディアに掲載される記事や企業の広告コピーの場合、執筆依頼者は著作権も含めてライターから買い取っているという認識も多いと思います。
例えば、ライターが制作会社からある広告記事の執筆依頼を受け、納品したとします。その記事はパンフレットで使用すると聞かされていました。それから3ヶ月後、その記事が一部編集されてサイトに掲載されているのをライターが目にしました。ライターは著作権と著作人格権(著作物に対して意に反する改変などを受けない権利)の侵害を指摘します。
すると制作会社からは、「何を言っている?」と取り合ってもらえませんでした。そんなケースは多いと思います。その理由としては、以下の3点が考えられます。
・著作権込みで報酬を支払っているという依頼者の認識。契約書を交わしている場合、著作権は依頼者が所有すると明記してあることが多い。
・広告や出版の業界では、不特定多数のライターが対応できる(特定の人へのオファーではない)記事に関しては、依頼者が著作権も買い取っているという考えが通例になっている。
・そもそも依頼者に著作権の知識・認識がない。
岡田弁護士によると、著作権は財産権で、放棄するかどうかや譲渡するかどうかを問題にできますが、著作人格権は、文字通り人格権なので、放棄や金銭での譲渡はできないとのことです。著作人格権については、契約などでも、「著作人格権を行使しない」と定めます。譲っているわけではないが「行使しない」取り決めをしているということになるそうです。
記事の著作権侵害の大半は金銭的ではなく感情的問題
自分(ライター)の著作権を侵害され、腹立たしい気持ちはよく分かります。でも考えてみてください、上記の例の場合、金銭的には何の不利益も被っていません。ただ著作権を何の説明もなく侵害されたという悔しい気持ちはよく理解できます。それに対して、金銭を要求すること、使用の中止を試みることはできます。
ただ要求が通っても、その制作会社からの今後の依頼は100%無くなるでしょう。要求が通らず話がこじれて法律問題になった場合、弁護士を雇うことになります。たとえ勝訴し記事使用の差止めができても、賠償金は期待できません。
岡田弁護士によると、著作権法114条で推定規定があり、以下のように定められています。
① 販売量(ただし実際に侵害受けた人が販売能力がある量)×利益
② 侵害した人が、その侵害で受けた利益額
③ 侵害された人が、普通、受けられていた報酬額
④ 証明できた実損
①から③のいずれか、あるいは④が請求できます。
実際には、広告でのライター表現などは、金銭で評価した場合、裁判するほどではない金額になることが多いと思いますが、賠償額が無いわけではありません。
いずれにせよ時間とお金と労力を考慮すると、こんな割の合わない“喧嘩”はないです。
なのでライターとして、著作権侵害されないための対策としては、依頼を受けた際、著作権に関してライターからやり取りするのが賢明です。依頼者は著作権を所有したいので、交渉は一筋縄ではありません。不特定多数のライターが対応できる案件なら、著作権を主張した時点で取引きが白紙になることもあると考えます。コストパフォーマンスや取引きのやり易さを考慮し、取引き先を決めるのが依頼者心理なので。
記事の無断使用で賠償金を得られるケースはほぼゼロ
著作権を侵害され裁判し、勝訴し多くの賠償金を手にしたというニュースを耳にしたことがあると思います。それは自分の著作物を相手が無断で使用して、それによって相手が多額の収益を得たという事実が証明できれば、その収益のいくらかは著作者である自分が得る権利があるという理屈です。
岡田弁護士によると、前記の114条の①②④の説明になり、③の点があるので、一応は相手が得た利益がたとえゼロでも損害賠償ができる場合もあるとのことです。ただ、紙媒体への掲載限定で作った広告表現がウェブサイトに転用された場合に、いくら追加料金が請求できるかというと少額で、争うほどではないケースも多いとのことです。
ライターが書いた記事を無断で使用して、その記事によって多くの利益を得るというケースは非常に考えにくく、客観的に証明するのは難しいです。先述したパンフレットの記事がサイトに二次使用されたからといって、それによってライターの利益が損なわれたと証明するのも非常に困難です。
例えば、ライターが書いたブログの内容をそのまま出版社が無断で出版し、それがベストセラーになり多額の利益を出版社が得たなら、その利益のいくらかは著作権を持つライターが受け取る権利は当然ありますが、そんなケースはごく稀です。
クライアントの著作権侵害を回避するのであれば、依頼を受けた時点でクライアントに対し、ライター自ら著作権を主張し契約書を交わすのが賢明です。その際、言葉のチョイスやトーンが非常に大事です。法律に定められているかといって傲慢な態度では、その時点で取引きが無くなることも。また、成果物(記事や広告コピー)を納品し、取引き終了後に著作権を主張、あるいはクライアントの著作権侵害発覚後に著作権を訴えるのも避けたいです。お互いにメリットはなく、気まずさや悔しさだけが残る結果になります。
【当記事の法律チェック】
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